託されたもの?

 今月は亡くなった姉の誕生月である。子供の頃は、姉の誕生日はいつも五月晴れで、苺のケーキが楽しみだった。今日も晴れて気持ちよい青空に初夏の香りが漂う。姉の好きだった百合の花を仏前に供え、隣の家からいただいた美しく且つしっかりした薔薇の花をテーブルに飾った。ふと、姉が残したものは何だったのだろうか?と思った。

 姉の美感覚は優れていて、書画、骨董、茶道、俳句と次々と形にしていたように思う。姉は早く結婚し、4人も子供をもうけて忙しくしていたから、私とはあまり交わらない世界で生きていた。そのかわり、幅広い友人関係を持っていたのだろうと思う。そんな姉だったが、40代で夫を亡くして夫が残した仕事を継いだ。専業主婦だった姉が、そのもてる才を発揮しだして輝いていた。しかしそれも10年も経たずに姉もまた、50代前半の生涯を閉じようとしていた。私は必然的に姉の命の瀬戸際に、臨むことになった。

 そしてこの事態に直面して、私の生き方も変わったのかもしれない。それは何とも不思議で、今もってまるで映画のように思い出される22年前のお正月の2日間の出来事である。

死の間際の言葉

 半年前にみつかった肺がんで、余命6ヶ月の宣告を受けて姉は7か月目に入ってベットの中にいた。手術以外のあらゆる手段を試みたが、結果ホスピスのベットで熟睡している姉。私は姉の子供たちに医師からの重い報告をせざる得なかった。そして年末から年始にかけて、私たちは交代に付き添った。皆が揃った大晦日には恒例のビンゴ大会を病室で開催した。なんと優勝者は姉で確か新しいダイヤりーを受け取っていた。私たちも全員、このことを忘れているものはないだろう。しかし命の終末は確実に近づいていた。新年が明け、私は夕飯を食べにだした甥たちのかわりに文庫本を1冊持ち寄り、ベットのすぐ横の椅子に座って読んでいた。暗がりの中で姉が何かつぶやこうとしたことに気づき、口元に耳を傾けると、

「伊勢の水に纏わる和歌を詠んでいる女の人が、あなたと私のご先祖なんだって。5首、5首詠んでいるって。」という。そしてまた眠りについてしまった。・・・・・・・・・・????私は茫然としながらも、短い言葉を反復した。間もなく交代が来たので私は帰宅した。そしてすぐさま、この訳の分からない言葉に取り掛かかってみた。まず「百人首」の箱を取り出した。そして書庫から万葉集古今和歌集などをめくってみた。しかし膨大な句の中から、女性で、伊勢の水に纏わる歌、という検索にすぐに引っ掛かるものがでるはずはない。今のようにスマホ一つで検索できる時代ではない。また元旦の翌日2日の夜だったから、当然公共図書館大学図書館も開館は早くてあと2日後

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過ぎだろう。何か手はないかと思いめぐらしてたどり着いたのが蔵書家の友人Kさん。彼女なら「国歌大観」を持っているかもしれないと思った。お正月と言えども、この命の瀬戸際の言葉、聞いてもらえるかもしれない、と思い電話した。友人は確かに全5巻もある「国歌大観」を持っていて、そして調べてみると言ってくれた。そしてなんと翌朝、長いFAXが送られてきて驚く。

伊勢の御(きみ)の家集「伊勢集」483首のうち、5首が水に纏わる和歌があるという。5枚にわたる用紙の中に、線を引いた5首の「伊勢の水に纏わる和歌」が浮かび上がった。伊勢、百人首の選ばれている伊勢の御!!

もう、私はただただ茫然としながらも、その長いFAXを丸め、病院に向かった。すでに姉は意識なく眠っていたが、私は耳元に報告した。

翌朝の10時31分、姉は逝った。

 あれから22年、私は予想もしないことを第2の人生として取り組んでいる。このブログもそうだが、すべて姉のあの最後の一言から動き出したような気がする。

なんとも不思議な縁の話である。